どうせ比べるなら、こっちの方がいい

こんにちは。

もう二度とうつにはなりたくない方をサポートしている
カウンセリング・セラピー・セルフケアの日和風
身体心理セラピストの佐藤海糸です。

 

先日、カウンセラー仲間と、自分が大事にしている価値観はどんなことなのか、シェアしあう機会がありました。

そこから、カウンセラーをする上で大事にしたい価値観はどんなことなのか、その価値観があると、どんなカウンセリングスタイルになるのかなど、仕事をする上でのスタンスについての話になっていきました。

 

話を聞いていくうちに

「私は、Aカウンセラーのスタンスでいくことができないし、目指すこともできないし

Bカウンセラーのスタンスも無理だし、目指すこともできない」

「ほんとに、ムリだわ~」

と思ったんです。

 

同時に

「私は私のスタンスでいいんだ」

というか

「私は私のスタンスでしかいられないじゃん」

という結論に至ったのです。

 

 

つまり

「人と比べることって、本当に意味ないじゃん」と思ったのです。

 

「今なのかよ、おいっ?!」

とツッコミ入れたくなりますが、私の中では大きな気づきだったのです。

 

大切にしていく価値観だけでなく、なぜ、その価値観を大事にしているのか、その価値観を持つようになった背景などを知ることで、私は、Aさんにも、Bさんにも、なることはできないのだなと思ったのです。

努力したら、にわかAさんやにわかBさんにはなることはできるかもしれないけれど

ムリがありますよね。不自然。

そして、逆もそうですよね。

他の人が、私になろうとしても、なれないってことなんですよね。

 

そこです!私の琴線に触れたのは。

 

学びや自分自身の癒しをすすめていくうちに

「誰しも同じ人はいないし、唯一無二(ユニーク)な存在、ただ存在しているだけで素晴らしい」

「世界は、本当は優しい」

と人や世界に対しての見方が変化していったのですが

 

この「誰しも」の中に、「私」は入っていなかったんです。

私以外の人は、唯一無二で存在しているだけで素晴らしいとなっていたんです。

・・・かわいそうな私。

 

今回、恐る恐るですが

「わ、私も、その存在として、仲間に入れても、いいのかも!」

と思えた瞬間だったのです。

 

人に向けていた優しいまなざしが自分自身に向くようになることで

人と比べることが苦しいことではなくて

ただ、違いを知ること

その人のユニークさを知ることができること

へ変化していったのかもしれません。

 

これを巷では、自己肯定感が高まったと言うのかもしれませんね。

 

私たちは、世界や他者、自分自身を認識するために、外界と自分を比べる機能が標準装備されているようなのです。

だから、比べてしまうのは、ある意味自然なことなのです。

 

どうせ比べてしまうなら、自分や他者を責めるより

自分も他者も違いを知る、認めるような優しいまなざしが増えていくといいですね。

 

では、今日も無事に過ごせますように。